ファンタジーのふたつのベクトル

先日灰羽連盟を見直してみて、あらためていい作品だなと思った。と同時に、今ではこういう作品は流行らないだろうという思いが湧いた。

灰羽連盟のイメージソースは村上春樹の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』のハードボイルド・ワンダーランドパートと思われる。安倍吉俊も影響を公言していたはず。あれは脳の深層意識の世界であるし、村上春樹といえば河合隼雄とも対談したりしてるくらいユングの影響を受けている。つまりファンタジーを集合無意識のあらわれとして解釈する流派と言える。いわば心の内々へと掘り下げているベクトル。

対して最近多い異世界転生ものは社会のレギューレーションを変えればもっと生きやすいんじゃないかという願望に見える。いわば社会の外側に別の社会を反実仮想する方向性で、社会の外側へと向かうベクトル。

 

ファンタジーと言えど表面的には別方向を向いているように見える。

ル・グウィンは前者の系統をファンタジーで、後者の系統をSFでと棲み分けていたような気もする。ある意味後者の切り口は文化人類的だろうか。

 

そもそも、2つのベクトルは本当に別のものなのだろうか。ル・グウィンの晩年の作品はSFかファンタジーかはっきりしない作品が多い聞く。

今後の課題として調べていきたい。